さて、この間の↓↓↓
更にその後の↓↓↓
続きです。今日は良い方!ごきげんな方!!
タイトルに「①」ってついてるのは、話があっちゃこっちゃで長くなりそうでしたので、いくつか記事を分けようかと思ったからです。
要するに、今日だけでは終わりません(笑)
良い事はいっぱい書く!嬉しい事もいっぱい書くよ!
で、まず全く世界観が変わったのが、健康について。
健(すこやか):病気をせず、丈夫なこと。元気。
康(やすらか):無事。事故や苦がなくてやすらか。体が丈夫。
日頃けんこーケンコーって気軽に言っておりますが、健康とはこういう事です。
苦も病気もなく、元気でやすらかな事。
デカい字で恐縮ですが、この意識ホントだいじだからね。
体も心も元気でいるって物凄くありがたい事なんだなと、つくづく実感しました。
「癌でした」と言われた直後から全く食欲はなくなり、それまで心から楽しいと思ってしていた趣味の事でさえ、一切興味を持てなくなった。
打たれ弱い性格という自覚はありましたが、ここまで無気力かつ悲観的になるとは思っておりませんでした。
あ。ちょっと補足しますと。
「癌でした」の後、例のお医者さんが「コレもうリンパまでいっちゃってるね」と仰ったので、それはイコール、既に全身に散らばったのでは?!と思っちゃったのよ。
この件をセカンドオピニオンした先の病院で話したら、「多分それは非浸潤癌(ひしゅんじゅんがん。いわゆるステージ0)ではないって事だね」と説明して下さいました。
ついでに言うと、「もうその医者が言った事は全部忘れていいよ」って言ってくれた(笑)
そんなこんなで、もう全身に癌細胞ばらまかれたんじゃね?!と思ったのもあって、【死】というものが突然に目の前に、ブラ~ンとぶら下がった感じ。
そこから「大丈夫!まだステージ1だし、リンパにも出てないよ!手術すれば全然大丈夫だから!」って言われて、病院から外に出た時の「世界は輝いている!!!」(←文字色をピカピカの金色にできないのが悔しい)感は今でも忘れておりません。
ほんとに輝いてたもん。
白くて眩しかったですよ、この世が。夏だったせいじゃないと思う多分。
それまで何の気遣いも努力もしなくても、健康であることが当たり前だと思っておりましたが、本ッ当ーーーに大間違いだった。
どんだけ普通でいられる事がありがたい事なのかを、心底思い知らされました。
ご存知の方も多いかと思いますが、私たちの体は36兆個だか37兆個だかの細胞で出来ておりまして、細胞たちは日々生まれ変わっておりますよね。
その細胞のいくつかは変異して、癌化します。
なので癌細胞というのは誰にでもあって毎日できるものですが、通常は癌細胞が生まれても、増えて悪さをする前になくなります。
これがなくならずにそのまま増え続けてしまうと『癌』という病気になります。(癌の種類にもよるかもしれませんが、私の場合はこう説明されました)
なくならない場合というのは、例えば免疫力が落ちた時。
風邪とかも同じですよね。元気なら跳ね除けられるんだけど、疲れてたり、身体が弱ってたり、ストレス酷かったりすると風邪ひいちゃう。
だから『元気でやすらか』ってとても大事。
そして、私は自分の体を大事にしてあげてなかったんだなと気付きました。
当然の事ですが、基本的に自分の体を大事にできるのは自分しかおりません。
世界が眩しく輝いた日に、帰宅して私は私の体に謝りました。結構本気でな。
細胞だって好きで癌化したワケじゃないかもしれないのに、嫌だったかもしれないのに、私がちゃんとしてなくて、元気じゃなくてごめんね~って。
数年続いた介護と看護から解放されて、でも思いもよらぬ土地に転勤になり、夫君は仕事が大忙しで生活のリズムも結構めちゃくちゃ、食事も適当、友人知人もいない、出かける所もない、家から出る用事はスーパーの買い物だけ。
これじゃあ自分を大事にしてるとは言い難いってもんですよな…。
私の37兆個?の細胞に詫びを入れた後、自分を大事にする=私が健康であるという事について考えたり、実際に色々やってみたり、時には考えすぎて逆にブルーになってみたり、やっても三日坊主(←得意)だったり。
あれから約10年。
私が健康であるために実践しているのが、今年の抱負3つのうちの1つである【漢方】です。
これについても、そのうち色々と記事にしたいと思っている事柄がたくさんあるのですが、ひとまず今日のところは、
漢方を学んで良かったーーーー!!!!
という事だけを書いておきます(笑)
こちらもタロット同様、まだまだ入り口に立ったばっかりですけどもね。
確実に以前より元気でやすらかな心身になったよ!